オーナーのつぶやき〔2019〕[2019/01/09(Wed)10:34]

「ありがとうテレビ塔」

 名古屋・栄のシンボル「名古屋テレビ塔」(高さ180メートル)は7日から、改修工事のため営業休止に入る。30年間続いた夜間のライトアップも来年7月の再開業まで中止され、6日夜に久屋大通公園で消灯式があった。公園の北側エリアも同時に再整備に入り、2020年まで立ち入れなくなる。
         〔1/7付中日新聞より〕

※帰宅して録画しておいた夕方のNHKのローカルニュースを見ました。「ありがとうテレビ塔」のライトが消える様子がながれました。そして、消灯式の大沢社長の挨拶の様子も...
 テレビ塔では毎年、元旦に“初日の出”を拝むよう入場する事が出来ました。その事は数年前に、大沢社長に教えていただきました。今年を逃すとしばらく見えなくなるので、是非と思っていましたが、年末の疲れから早起きをする事が出来ませんでした。
※この日、東海テレビの午前の人気番組「スイッチ」では中日ビルを取り上げていました。B1のドーナツ屋「マインカフェ」の店長から「取材を受けた」と言われていたのに、コロリと忘れていて録画をしませんでした。そして親しくしていただいている2Fの紳士服「バロン」の鵜飼さんもインタビューを受けていたようです。

スタイルプラス〔東海テレビ〕

 東海テレビの日曜日のお昼の番組に「スタイルプラス」があります。MCは内藤剛志さんです。
 その「スタイルプラス」から6日(日)に取材を受けました。お店の様子やお客様にもインタビューをしました。閉店後に、久屋大通の“希望の泉”の前から中日ビルを眺めるシーンを撮りました。中日ビルの4Fから上の階の明かりが消えていて真っ暗でした。「エッ、今の中日ビルはこんなに暗いの?」と驚きとセンチな気持ちになりました。
 その時にはテレビ塔のライトアップ「ありがとうテレビ塔」が見えました。それが今のテレビ塔の最後のライトアップでした...
 20日(日)放送の予定だそうです。どんな放送になるのかチョッピリ心配?

梅原猛さん死去

 独自の日本学を確立し、国際日本文化研究センターの初代所長や日本ペンクラブ会長を務めた哲学者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが死去した。93歳。仙台市出身。葬儀・告別式は親族で営む。
 1歳のとき母が結核で死去。愛知県内海町(現・南知多町)の父の実家で、伯父夫婦に育てられた。名古屋の旧制八高(現・名古屋大)を経て1945年4月、京都大哲学科へ入学したが間もなく召集」され軍隊生活を体験した。  (中略)
 86年には三代目市川猿之助(現・猿翁)さんの依頼で書いた戯曲「ヤマトタケル」を出版、スーパー歌舞伎として上演されると大ヒット。諫早湾の干拓に反対し、スーパー狂言「ムツゴロウ」の原作も書いた。
 97〜2003年、日本ペンクラブ会長。91年、中日文化賞99年に文化勲章を受章した。01年、ものつくり大学の初代総長に就任。11年の東日本大震災では政府の要請により、特別顧問として復興構想会議に参加した。
 92年1月から17年12月まで26年間、本紙文化面にエッセイ「思うままに」を連載した。
      〔1/14付中日新聞より〕

※私は以前“老い”を受け入れずに悩んでいた時に、梅原先生の「思うままに」の連載を読んで誰にも“老い”は訪れると知り(四苦八苦)、気が楽になった事があります。17年12月に「思うままに」の連載が終わった時、その事を残念に思い、中日新聞・発言欄に今後もアドバイスをお願いしたい旨の投稿をし採用されたことがあります。
 また、ご出身が私と同じ知多半島の南知多町内海という事もあり何となく親しみを持っていました。(恐れ多いことですが...)
 お悔やみを申し上げます。

このサイトはフラッシュコンテンツを掲載しております。
ご覧になるためにはFlash Playerが必要です。

Copyright©2003 Riyou haru All rights reserved.